3.11当時 ②

とりあえず原発が怪しいとの情報が錯綜しましたが、福島の親を移動させる手段が一切ないため何もできませんでした。福島では電車は止まり、ガソリンは底を尽きかけていました。
結果的には最悪は免れたものの、その後の状況はご存じのとおりです。その後東京でも夜が暗く、異様な光景が続きました。私の親戚等で亡くなった方はいませんが、以前実家の近くに住んでいた父の同僚が引っ越しており、引っ越し先で亡くなった事実は後程知りました。

3月はソフトでも各全国大会が中止となりました。あの直後なので当然致し方なしと思っていたのですが、中止決定におさまりつかない方が多数存在しネットでは中止決定は愚かな判断だと怒っているのを見て驚きました。そのような方々は無論被災地域ではないのでしょうが、普通の生活をしているだけで充分だと思えない感覚にやはり他人事なのかと感じた記憶があります。普通の生活をできているゆえ理解できないのかもしれませんが。
その後の風評被害にも心を痛めました。色々言われても福島から移動できない住民が大多数であり私の親族等もそれに含まれます。

その後私は福島に異動しました。異動前に以前から交流があった佐藤先生に連絡を取りましたが、とても歓迎してくれ嬉しく思いました。福島に来て多くの関係者の皆様にもよくしていただきました。
皆さん普通の生活を取り戻しているように見えましたが、よくお聞きすると浜通りから避難している最中のご家庭もあり、見た目では何も判断できないことを教わりました。

異動前は何かしら福島に貢献できればとおぼろげに考えておりました。しかしいざ来てみると何もできないことに気が付きました。しいて言えば南コーチに協力していただいた、岸城さんと福島連合の昨年夏の交流試合でしょうか。一番喜んだのは東和中佐藤先生だったような・・

震災関連の書籍は多数読みました。最近雑誌や各メディアで取り上げられていますのでご存じの方も多いかもしれませんが、東北学院大学での卒論が書籍になっています。
私は「霊性の問題」という言葉は今まで知りませんでした。宗教と科学のハイブリッドかなと感じました。
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東北学院大学HP
『呼び覚まされる霊性の震災学―3.11生と死のはざまで』

シンポジウムのyoutube













by hayashi-tax | 2016-03-09 22:07 | その他 | Comments(0)